島倉千代子 父が好きだった

年寄りのような孫息子」について

きょう11月8日18時に島倉千代子、肝臓がんで死去というニュースに、父を思い出した。私が小中学生のころに父が 「お千代ちゃん」 といってラジオから流れる哀愁を帯びたう歌声を愛していた 

時には 「歌の歌詞に合わせておどってみろ」 といわれて、お小遣い欲しさに  適当に手を振り、足は振らなかったが、顔を上げ、首を右左に傾けるだけなのに 「うまい、うまい」 と喜んだ。

なぜか父は新聞のせりふがない4コマ漫画にせりふをつけろといったりもした。結構私もそれは楽しんで続けていた。

戦時中に家族だけが必要最小限の家財道具とともに父の実家がある足尾町に引き揚げ、数年して父も抑留先から帰還した。経済的にも恵まれない中、父は案外多趣味な人で、テニスに没頭して国体には出るわ、引き揚げ荷物の中に入れた特殊な絵の具で白黒 (当時はカラー写真などなかった) 写真に着色するわで、母の苦労をよそにいろいろと楽しんでいたようだ。

おかげさまで  我が家には母の若い頃や、40代の着物姿の色柄を丁寧に再現した写真や、私たち子ども時代のカラー写真が多数残っている。特殊な油で染料を溶いて、綿棒にしみ込ませて白黒写真に色をつけていく。大人の塗り絵みたいなものだ。時にはピンぼけのような色のついた失敗作もあった。

そんな父だから、もしかしたら大げさにいえば芸術、くだけていえば芸事が好きだったのかもしれない。きれいなものが好きで、高校生の姉や中学生の私に口紅を買ってやるかといって姉妹のひんしゅくを買っていた。または単なる遊び心で、私にいろいろなことをさせたのかもしれない。私は4人兄弟の末っ子だから、父のよい遊び相手だったともいえる。 


この世の花   逢いたいなァあの人に   東京だョおっ母さん   からたち日記   白い小ゆびの歌   人生いろいろなど、懐かしい。

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  • それでね ……

    Excerpt: 「島倉千代子 父が好きだった」について Weblog: 小野口純子 racked: 2016-03-16 21:44