お国のために

若返るサプリなんて、怪しい」について

受けた年賀状に触発されて、久しぶりに以前お世話になった友人に電話をかけた。

いろいろと積もる話をしているうちに、スキー客を乗せた大型バスの転落事故に話が及んだ。70歳前後の友だち数人でお茶したときに 「私たちが犠牲になったならお国のためになったのに」 と話をしたといったら、グフッと噴き出された。

次いでお互いの健康について話が移り、膝と歯は時々治療しているけれど内臓は別に……というと 「まあ、すばらしいわね。それこそお国のためになっているわよ」 とほめられた。

私自身は、お国のために  そんなに長生きしなくてよいと日ごろ思っている。作家の五木寛之さんが社会学者の古市憲寿さんとの対談で同じような考え方をお持ちということを知ったので、少し長いが引用しておきたい。


ケイクス通信2016/01/29号から、;経済的に 「生かされる」 老人たちの項を引用 (原文のまま) 
   
   
五木寛之さん 『嫌老社会を超えて』 発売記念、社会学者の古市憲寿さんとの対談第2回です。年々上がり続ける高齢者の社会保障費。この問題に対して、今年83歳になった五木さんはどう考えているのでしょうか?


経済的に 「生かされる」 老人たち

五木寛之(以下、五木) 100歳超えの日本人も増えたけれど、大半が要介護で、 「植物状態」 で生きている人たちもかなりの比率を占める、という現実も見ておく必要があると思うんですが。

古市憲寿(以下、古市) 「延命」 されている人たちですね。

五木 もちろん、「自分の意識がなくなっても、生かしておいてくれ」 という人はいるだろうし、家族が 「一日でも長く」 と願う場合も多いでしょう。ただ、同時にそこには 「経済」が絡んでいることを、見逃すわけにはいかないと思うのです。終末医療は、べらぼうにお金がかかる。見方を変えると、そこで成り立っているビジネスもあるんですね。寝たきりで、胃ろうで栄養を取っているような入院患者が何人かいれば、という話もあるくらい。だから、できうる限りの手を尽くして、延命するケースもでてくるわけでしょう。これがアメリカなどだと、終末医療の施設に入ったら、3カ月とか半年くらいで亡くなっていくそうです。患者が自力で食べなくなったら、スプーンで無理やり口に押し込んだりしない。水を飲めなくなったら、そのままにする。

古市 自然に任せて、天寿を全うしてもらうということですね。

五木 ところが私たちの国では、意識がなくなっても、食べられなくても、何年も 「お迎え」 に来てもらえないことがあるわけです。考えてみれば、日本の高齢者もつらい存在です。若い頃は、世界に冠たる長時間労働で経済発展に貢献したのに、寝たきりになってからも、また別の 「需要」 を満たすために「生かされる」のですから。

古市 確かに、消費税が五%から段階的に10%に引き上げられることになっていますけど、上がる五%のうち若者世代に回るのはたった0・3%です。 「将来世代のための増税」 を謳いながら、増税分のほとんどは、高齢者の社会保障費に振り向けられるんです。また、100歳のお年寄り1人に、税金が年500万 円投入されているという試算もあります。いいか悪いかは別にして、高齢者に 「お金がかかる」 のは事実です。

五木 間違いなく、みなさんの想像をはるかに超えるお金がかかっている。あからさまに言ってしまうと、そういう実情を知った若い人たちから 「どうして植物状態のような老人たちのために、俺たちが給料の中から天引きされて負担しなくてはいけないんだ」 という声が澎湃ほうはいと沸き起こっても、おかしくないと思うのです。

古市 最近、予防医学の先生から聞いた話なのですが、ちょうど五木さん世代以上の、戦争経験のある高齢者は、真面目で我慢強くて、お医者さんの言うことをよく聞いてくれるそうです。食事も運動も、とにかく言われた通りにする。だから、健康で長生きする人が多いのだといいます。ところがその下の、団塊世代くらいになってくると、 「不真面目」な人が増えてきて、なかなか医者の指示を守ってくれない(笑)。例えば20年後に、日本人が今のような長寿を保っているのかどうかは分からない、とその先生はおっしゃっていました。

五木 なるほど。 「駆除」 するまでもなく、老人大量死の時代が来るかもしれない。


「老衰」 を認めよ

五木 いずれにしても、 「長生きはいいことだ」 って無邪気に信じていられた時代はとうの昔に過ぎ去っていて、これからは 「生き方」 の中身が、ますます問われてくることになるでしょう。同時に、 「去り方」 のほうも。

古市 五木さんは、「理想の死に方」について、考えたことはありますか?

五木 昔は、お医者さんが死因の欄に 「老衰」 と書くと、先輩に怒られたんだそうですね。そんな死に方はない、「肺炎」 とか 「心不全」 とか、何か原因を探し出せ、と。僕は、老衰という、大らかというか安らかな死を選べる人には、きちんとそれを認めてあげるというのが、一番だと思うんですよ。食べられなくなったら、それでいいじゃないですか。そこに 「お迎え」 が来てるんだから。

古市 あえて延命はしない、ということですね。

五木 日本でも、 「言いにくいこと」 を言う人が、ぼちぼち出てきましたよね。 「尊厳死」 とか 「安楽死」 とかいうような表現ではなくて、自分で 「もう人生の舞台から退場したい」 と願い、周囲もそれにOKする状況だったならば、その自由を認めてもいいではないか、と。

古市 「死に方」 や 「生き方」 を自分で選びたいという気持ちはよくわかります。

五木 本当に理想的なのは、死ぬ間際にジタバタするんじゃなくて、ある時期から人生のシフトチェンジをしていくことなんだけど。古市さんの 『だから日本はズレている』 (新潮新書) の中に、 「ダウンシフターズ」 っていう言葉が出てきますよね。

古市 はい。もともとは、アメリカの社会学者ジュリエット・ショアの言葉で、日本語に訳すと 「減速主義者」 でしょうか。消費社会からあえて距離を置きつつ、自分たちの生活や価値観を大切にする若者たちのことですね。

五木 「シフトダウン」 は、クルマを運転する場合にすごく大事になるテクニックなのです。シフトダウンすると、スピードは落ちる。でも、トルクは逆にアップします。悪路や坂を登る場合なんかには、この操作が必要になる。だから 「ダウンシフターズ」 の人たちも、ただ減速しただけじゃなくて、そのことによって、どこかで人間としてのトルクを高めているんだろうな、と感じるのです。

古市 おっしゃる通りですよね。がむしゃらに働いてとにかくお金を稼ぐ、という生活から解き放たれた結果、ダウンシフターズは、収入が落ちても豊かで充実した生き方を獲得することができたわけです。僕の友人でも、週休4日で仲間たちと楽しくカフェを運営している人がいます。

五木 若者だけでなく、中高年も50歳くらいになったら、シフトダウンを考えるべきだと思いますね。意識して速度を落として、余力を蓄える。この場合、坂道を登るというより、下り坂で転ばないように、ですけれど(笑)

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