どうやって日本列島に渡ってきたか

およそ3万年前に日本人の祖先が日本列島に渡ってきた際の航海を再現しようと国立科学博物館などのグループが当時を想像してつくった 「草の舟」 で実験航海する計画があった。

その 「草の舟」 をつくる過程や、浜辺で乗り込む様子などを見て、長時間わらのような舟に座って櫂をこぐのは、おしりがちくちくして痛そうだとか、海水が入り込んで沈没しないのかとか、いろいろ心配していた。
 
天候の都合で出航を見合わせていたが、5日おくれで17日朝、沖縄県・与那国島から2そうの舟にそれぞれ7人ずつが乗り組んで、西表島に向けて出航した。


草の舟のスピードは計画よりやや遅い、時速2キロほどにとどまり、潮の流れが速かったことから、舟は次第に北寄りに流されたため、17日午後3時ごろ、出発地点から北東におよそ30キロの場所で、このままでは西表島に到着できないと判断し、いったん草の舟での航海を見合わせた。その後、伴走船が草の舟を引き、こぎ手の人たちは伴走船に乗り換えて、コースを南寄りに戻すことになった。ただ、夜になっても海上のうねりが高く、潮の流れが速い状態が続き、草の舟での航海を再開できなかったということだ。


およそ3万年前、人類はどのように今の台湾から沖縄に渡ったのか検証しようと、国立科学博物館などのグループが当時を想像してつくった 「草の舟」 は17日、沖縄県の与那国島を出発して、28時間後の18日昼前、目的地の西表島に到着した。しかし、草の舟は潮に流され、全体の半分以上の区間で航海を見合わせ、伴走船に引かれることになり、研究グループの代表は 「祖先の実像に迫りたいと思ったが、どうやって海を渡ったのか逆に謎が深まった」 と述べた。


「祖先の実像に迫りたいと思ったが、逆に謎が深まった。一体どうやって海を渡ってきたんだろうと、頭の中で渦巻いている。明確なヒントは得られていないが、彼らは間違いなく島に来ているので今後、さらに考えていきたい」 と述べ、謎の解明に向けてさらに研究を続けたいという意欲を示した。

   
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160717001660.html


すげ笠をかぶり、中にはひげを蓄えている乗組員もいて、古代感が漂う 「草の舟」 にロマンを感じる。   これらの取り組みを実験考古学というのだそうだ。 



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