盲導犬制度は虐待ではない

盲導犬虐待 」について

デヴィ夫人が一種の “虐待” と思うとして盲導犬制度の廃止を主張している。

デヴィ夫人は加害者を憎み、厳しく罰するための法改正を訴えるとともに 「目の不自由な方にとって盲導犬は身体の一部ともいえる働きをしているのです」 と理解しながら、盲導犬は 「本来のネイチャー通り自由に飛びはねることもできず、はしゃぎ遊ぶこともできず、ほえることもできず、ただ黙々と目の不自由な方に仕えるのみ」で、それは一種の “虐待” と思っていますと結論づけた。

またデヴィ夫人は盲導犬制度を廃した後の代替措置として 「白いステッキが鳴るように改造するとかして 『盲導犬』 を必要としないで済むようにできないものでしょうか?」 と提案している。



失礼ながらデヴィ夫人は盲導犬がどういう働きをしているかの認識が浅いのではないか。ステッキが鳴って目の不自由な人がいますよということでは盲導犬のかわりにはならない。自宅から目的地まで安全に目の不自由な人が自由に出かけられるのは盲導犬のおかげだ。

盲導犬は四六時中、自由がないわけではない。出かける必要のないときはハーネスを外して、飼い主と遊んだり自由に生活している。それよりも氷水こそかぶらないが、盲導犬を心ない人たちから守る運動をしたいものだ。盲導犬を見かけたら、その周囲に不審者がいないか、みんなで監視するようにしたら、虐待がなくなるのではないかと思う。

あの事件以来、盲導犬いじめの模倣犯が出ているというから、本当に嘆かわしいものだ。 

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