老老介護の悲劇と夫婦愛

究極の省略形」について

93歳の夫が83歳の妻を殺害した事件についての判決文は、究極の夫婦愛と老老介護を記していた。 2015.08.22 16:00

病にむしばまれ、生きる気力をなくした妻。介護の負担を一身に背負い込む夫。疲れ果てた高齢の夫婦。夫は妻の苦しみを取り除くため、彼女の首を絞めた──。

老老介護の果てに、日本じゅうでこんな悲劇が繰り返されている。7月8日、千葉地裁で下された判決は、この国のすべての夫婦に 「真実の愛」 の形を突きつけた。

裁判官が 「被告人の刑事責任に見合う刑罰として実刑がふさわしいとはいえない」 と前置きして言い渡した判決は 「懲役3年、執行猶予5年」 。 その瞬間、傍聴席から嗚咽 (おえつ) が洩れた。

被告人が被害者を早期に苦しみから解放することを最優先に犯行に及んだことを強く非難することはできない。むしろ、60年以上連れ添った妻を自ら手に掛けることを決断せざるを得なかった被告人の苦悩を考えれば、同情を禁じ得ない  と裁判官は述べたという。

「ここまで被告人の心情に寄り添った判決を耳にしたのは初めてです。断罪する箇所はなく、判決文から浮き彫りになったのは “究極の夫婦愛” と老老介護の壮絶な現実でした」

事件が起きたのは昨年11月2日。千葉県茂原市の自宅で、宮本 (仮名) 被告は妻の首にネクタイを巻き付けて殺害を決意。犯行後 「妻を殺した。病気で苦しんでいてかわいそうだった」 と自ら110番通報した。

被害者 (妻) は、昼夜を問わずに足腰の痛みに苦しんでおり、睡眠もままならず、日常生活を送ることにも多大な困難を伴う状況であった。苦しみに耐えかねた被害者から殺してほしいと懇願され、被害者を苦しみから解放するためにはその求めに応じる以外に方法がないものと考えた。 

当時92歳と超高齢の被告人が、軽度の認知症を抱えながらも、自宅において被害者とほぼ2人きりの閉ざされた環境で眠る間もなく献身的に介護を続ける中で、次第に疲弊し、追い詰められた。 (判決文より)
※週刊ポスト2015年9月4日号 


老老介護の厳しい現実だ。愛する人の苦しみを見ていられないというのは人間としての自然な感情だ。自分が罪に問われようともその苦しみから解放してあげようとの思いを解決するには、安樂死を認める方向も考えてよい。90年以上も生きて、なお苦しめという現在の法律は受け入れられない。

私は90歳まで生きなくても、このような日々苦しんで生きる状態になったら、即安楽死させてほしいと思う。 

命は大切にされなければならないが事によりけりで、苦しくてもなお生きろというのは、少なくとも高齢者には無意味だ。身近な人に罪を犯させないよう安楽死を認める法律を早急につくってほしい。 

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この記事へのコメント

2015年09月03日 00:55
mayflowerさん、コメントありがとうございます。

お母さまを亡くされるとき、辛い思いをなさったのですね。患者本人のためにも看取ってくれる人のためにも、治らないなら苦しむ時間は少ない方がよいと私は思います。
2015年09月02日 22:12
2年前に母が亡くなりました。難病でしたが、子供たちは命を永らえるより苦痛を除く方を望みました。本人も延命は拒否する意思を伝えていましたし。
それでも、衰弱していくのは看る方も本人も辛いものです。あまり長期に渡らなかったことがまだ救いかな。
誰しも苦しまずに、最期を迎えたいと思いますよね。

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